特定非営利活動法人 チャイルドラインとちぎ           声でつながるこころの居場所                     設立2001年


私たちの思い

チャイルドライン設立10周年記念誌(2010年9月11日発行)に寄せられた「私たちの思い〜受け手・支え手のつぶやき〜」から一部転載しました。すべて匿名寄稿です。


最初の電話
人のためというより、自分のコドモを理解しようと受け手養成講座を受講した私。
講座終了後は電話を受けるボランティアは断るはずだった。
「一度でいいから子どもの電話を受けてね!」と事務局のスタッフさんにニッコリ微笑まれ、仕方なく電話の前に座った。
かかってくるな、と祈りながら待っていた記憶がある。
最初の電話は中学生の女の子からのものだった。
息子しか持たない私は女の子と話す機会はほとんどない。
「仲の良かった友人たちから仲間外れにされている」という話を聴くうちに、チャイルドラインに何かを求めて必死に電話をかけてきた彼女がいとおしく感じられた。
彼女もまた親や学校の先生、まして友達の親でもない対等の立場のチャイルドラインには素直に自分の苦境を語れたのではないかと思う。
チャイルドラインてすごい存在じゃない!受け手、続けてみようかな。
8年前のあの最初の電話の主さん、私に勇気をありがとう。


勇気とメッセージを受けとめて
誰かに話したい、心の中を見て欲しい。これ以上モヤモヤには耐えられない・・・。
そんな気持ちでチャイルドラインに電話をしてくる子どもたち。
でも、電話をしてくる時点で、彼らの悩みはほんの少し薄れているかも知れない。にっちもさっちも行かない時に、誰かに話すことなど出来ないだろう。無言電話には、そうした子どもたちのメッセージが込められている。
だからこそ電話が繋がった時は、どうしたら心ゆくまで話してもらえるかを考える。相手の思いを受け止めて返す言葉を思い浮かべる。こちらの一言で電話を切られることもある。不用意だったと反省することも多い。
でも、子どもたちに気づいて欲しいことがある。話すことは勇気がいること、君は今、勇気いっぱいなんだってことを。


信頼されるチャイルドラインのために
不機嫌な声で、話し続けていた子に「この仕事大変でしょ?」と聞かれたことがある。
「うん、大変だよ」と私。
「なんでやってるの?」には、
「自分のため、かな」。自分に足りないものがたくさんあると気づかせてくれるから。
「悩みは解決する?」
「しない」。
それでも、しばらく話し続けると、「ありがとう」と明るい声になる。
「こちらこそ、ありがとう」 とてもうれしいときである。
こどもの事件、自殺の記事を目にするたび、ここに電話をかけただろうか、と思う。その気持ちを思いとどめることはできないかもしれない。でも、かけてほしいと思う。こどもからも、信頼されるチャイルドラインのために、微力ながら役に立ちたいと思う。


かわした言葉のゆくえ
彼らの役に立ちたい。彼らの力となるような言葉を投げかけたい。そして、話をした先がチャイルドラインであったことを覚えておいてほしい。そう強く願った時期もありました。
でも活動を続けているうちに、少しずつ考えが変わってきました。たとえば悩みがあって電話をくれて、やがて彼の中からその悩みが消えるとき、何となく自分で乗り越えられたと思ってほしい。チャイルドラインのことも、まして私とかわした言葉など忘れていてほしい。それらが記憶から消えてしまうほうがむしろ、「心に寄り添う」というチャイルドラインの役割を担えたと言えるのではないかと。
彼らが悩みながらも自ら考えて、こうしてみると宣言してくれるときがあります。受け手をやっていて、よかったと思える瞬間です。それは必ず、曲がりなりにも目上の私が「どうしたらいいかわからないよ」と言える勇気を持てたとき。彼らに気の利いた助言をなど、おこがましいことだと痛感します。 


大切にしたいもの
チャイルドラインとちぎ設立10周年、おめでとうございます。
自分が受け手の認定証を理事長から戴いた際に交わした握手の感触は今でも覚えています。そんな手と手の繋がり、そしてまた電話での声と声の繋がり、どちらもそれぞれの心に長い間響き残るものです。
これまで自分は数人の子ども達から「いつか私もチャイルドラインで電話を受けたい」、そう聞いた事があります。いつかその子が受け手として電話の前に座ってくれた際に自分と話したその時の事を思い出してくれたらな…、そんな思いも抱きました。
子ども達から次の世代の子ども達へどこまでも繋がって行くに違いない声と声の繋がり、それをこれからも大切にしていきたい、そう思います。